1.HAREMtaka kaido


2008年6月
新宿歌舞伎町に新しいホストクラブが誕生した。

僕の意思に賛同してくれた…

●雨宮 悠平(現RAINGROUP社長)
●椿生 ライト(現RAINGROUP副社長)

彼等と共に3人で立ち上げたこの店舗は
『HAREM』と名付けられた。

『PLATINA』という店名が第一候補としてあったが、
既存の店舗としてあったため断念。
オープン予定日が夏が近いという理由で『花火』
という案も出たが、すぐに燃え尽きてしまうといった
イメージから却下。
なかなか店名が決められないでいたが、結果3人での
ふとした会話の中での、「渋谷にある≪HAREM≫って
いいよね?」「いいねモテそうだし!」といった冗談
からそのまま採用されることとなった。

予想以上の良いスタートがきれたと思う。

●夕陽
HAREMオープンから今も在籍しているイケメンホスト。

●雫(現CRAZYGROUP社長)
当時業界で知らない人間はいない程の売れっ子
ホストであった。
(北海道でホストクラブを経営しながらも月に数回は
HAREMに出勤してくれていた)

●刀霧 要(現在は独立起業)
当時最も売れていたホストの1人。

が加わり一気にお店は盛り上がりを見せ、
世間の期待をいい意味で裏切り、オープンして
早々のその年すでに歌舞伎町での話題を独占した。

力を貸してくれた皆にはいまでも感謝の気持ちは
尽きない。

2.KGtaka kaido



オープンから4カ月経った
2008年10月。
HAREMに続き2店舗目となる
『KARAS』をオープンさせた。

HAREMのオープンから協力してくれた
雨宮悠平を代表に選任。

椿生ライトを筆頭に、

●西 来夢(元アクア・現HAREM在籍)

●丈琉(元大手グループ在籍・現在は独立起業)

●桜 充(元大手グループ在籍・現桜(大阪)代表)

と共にオープンした。そこに

●沢渡 瞬(元大手グループ代表・現グループ内3店舗社長)

●JIN(元大手グループNo.1・現superstar・Dreamer社長)

●伊織(元大手グループ在籍・現Dreamerプロデューサー)

が入店し、HAREM・KARASは共に勢いが増して
ある程度のホストクラブと呼べるまで品質を高め、1周年を
迎えるころには歌舞伎町の中でも名の知れた店と
なっていたと思う。

ここから一気にグループとしての展開を見せる。

●天音 誠(元某ホストクラブ支配人・現HAREM・MINERVA代表)

●瀬女 蘭(元某ホストクラブ取締役・現PLATINA代表)

●成宮 仁(元某ホストクラブ主任・現HAREM主任)

●美咲 瞬(元某ホストクラブ取締役・現HAREM統括)

を始め多数の移籍者が入店し、HAREMはより一層濃い
メンバーで売り上げを伸ばし続けた。
移籍者が多い分、それぞれの価値観が違い衝突することも
多かったが、内勤の沢渡や美咲、スタッフの兄貴分的存在の
夕陽がそれをまとめあげることで、より全体として成長できたと
思う。

勢いは既存の店舗だけにとどまらず、

2010年9月
JINが『Mr.lonery』をオープン。

2011年11月
雨宮 悠平が『R&J』をオープン。

2012年10月
沢渡 瞬が『PLATINA』をオープン。

2012年10月
雨宮 悠平が『B&B』をオープン。

立て続けにオープンさせた店舗はすべて
良い走りだしができ、歌舞伎町の中でも
大手グループとしての体制ができあがってきた。

3.代表taka kaido



大手グループとして展開を続ける中、
2011年第4回ホストグランプリにおいて天音誠が
準グランプリを受賞する。

彼は入店して以来、グループの本店であるHAREMにて常に
No,1を取り続けていた。それがグランプリの審査に直接影響すると
いったものではないが、徐々に知名度は上がり、このホストグランプリの
段階で名実ともに歌舞伎町トップホストの仲間入りをしたと確信した。

この頃から各種メディアからの取材・出演依頼が多くなり、
彼自身のみでなくグループ全体の知名度を高めることにも
大きく貢献してくれたと思う。

売上・知名度・人間性
すべてにおいて非の付けどころのないホストは少ない。

3年以上もの間、代表不在といった形で営業を続けてきたグループの
本店HAREMで、天音誠を初の代表に就任させた。

4.展開taka kaido



その後もグループは店舗を増やし続けていく。

2013年5月
『EKAM』をオープン。

2013年6月
『MINERVA』をオープン。

2013年7月
『侍』をオープン。

2014年1月
『R:r』をオープン。

店舗が増えたことによって管理体制を整えるため、本社を移転し、
WEB・広告の分野での強化も行った。

5.移籍makoto amane



2011年9月

HAREMに移籍した…。

それ以前に在籍していた店舗が潰れ、
正直それからホストを続けようかどうか迷っていたが、
前の店が無名店であったにもかかわらず、
HAREMをはじめ、
他にも多数の様々な有名なグループや老舗の店舗から誘いの声を
いただいたことや、
共に働いていた瀬女蘭さんや成宮仁とまだ一緒に働いていたいといった
気持から移籍することを決意する。


何もかもが違った…


初めてホストをやった前の店舗と比較すると
店舗の売上・入客数
従業員の数
それに伴う店舗全体の活気
毎日のように組まれる撮影の数
メディアへの露出 ホストとして成長し、
輝ける為のすべてが揃っているように思った。

そして俺がこの店舗でNo,1であり続けようと…。

6.No1makoto amane



2年連続グループNo,1を獲ることができた…

その間に色々なことがあった。
グループで新しい店舗がオープンするたびに常にHAREMからは
成熟したホストが数人は異動する。

時には従業員の数が15人を下回ることもあった。
それでもここまでやってこれたのは、今もいる幹部達をはじめ、
一緒に頑張る仲間がいたからだと思う。

そして会長からは代表を任されることになった。
グループで常にNo,1の売上入客数を保ちながら、3年もの間代表不在で
やってきたHAREM初の代表。

自分にそれが務まるのかという不安。
本店として、グループトップの店舗であり続けなければならないという責任感。

自分がNo,1になれるかどうかは、自分自身がどれだけ頑張れるかに
かかっていると思う。

しかしNo,1のお店を作る為にはそれだけでは足りない。
代表に就任してから周りの従業員に対しての意識はそれまでとは
全く違うものになった。

一握りの売れっ子が笑い、
新人や伸び悩んでいるスタッフは辛い思いをする…。
そんなお店は嫌だった。
皆がそれぞれの夢や目標に向かいながらも
共に手を取り支えあえる環境を作るために
仲間であり競争相手でもあった他人をそれこそ家族のように
1人1人と向き合い話をした。